人といると緊張してしまうとき|「この人とは大丈夫」と感じる小さなattunement(調律・同調)
知らない人とエレベーターに乗り合わせるとき。
なんとなく気まずかったり、
少し身構えたりした経験はないでしょうか。
私自身も、
知らない人と同じ狭い空間にいる場面では、
体の奥がきゅっと緊張することがあります。
ある日の朝、
オフィスのエレベーターに乗り込んで振り返ると、
紙袋を下げた初老の男性が、
少しあたふたと小走りでこちらへ向かってくるのが見えました。
その瞬間、
私の身体はわずかに強張りました。
けれど次の瞬間——
その緊張は、
まるで糸がほどけるように、
ふっと緩んだのです。
言葉より前に伝わる「大丈夫」の感覚
男性が見せた、
少し申し訳なさそうな表情。
軽く手を上げるしぐさ。
息の上がった、
「ああ、ありがとう」
という声音。
それらが一度に届いた瞬間、
私の内側の強張りは、
空気が入れ替わるように緩みました。
(大丈夫)
そんな感覚が、
言葉よりも早く訪れました。
エレベーターの中には、
「知らない人と同じ空間にいるとき特有の気まずさ」
があります。
けれどこの時の私は、
こんなふうに感じていました。
——この男性も、今この場を居心地悪いとは感じていないかもしれない。
小さな安心が、人と人をつなぐことがある
そして次の瞬間、
思いがけないことが起こりました。
男性が紙袋を持ち上げて、
「これね、今買ってきたんです。美味しいから」
と言い、
中からお菓子を二つ、
私に差し出してくれたのです。
初めて会う人からの、
なんの見返りもない温かな心遣い。
嬉しさと同時に、
「やっぱり、この感覚は間違っていなかった」
そんなふうに、
胸の奥で静かに丸をもらうような出来事でした。
「この人とは大丈夫」、そう感じる瞬間があるはなぜ?
あとから振り返ると、あの時起きていたことは、
相手の呼吸の速度、
声の柔らかさ、
身体の向き、
表情の陰影——
そうした微細な情報を、
無意識のうちに受け取っていたからなのかもしれません。
そしてそれを、
自分自身の内側の感覚と照らし合わせながら、
「この場は安全だ」
と身体が理解していたのかもしれません。
私のほうの緩みが、
表情や呼吸に滲み、
その小さな変化を、
男性もまた感じ取ってくれていたのかもしれません。
あの時起きていたのは、
言葉より前のレベルで交わされた、
小さな相互のアチューメント(attunement:調律・同調)
だったように思います。
安心すると、人は少しずつ世界とつながり直せる
人との関わりの中で、
私たちは無意識に身構えたり、
「気を遣わなければ」
「変に思われないように」
と緊張していることがあります。
特に、
人との距離感に疲れていたり、
安心できる感覚を持ちにくい時には、
周囲の人を
「警戒すべき存在」
として感じやすくなることもあります。
けれど、
身体の安心感が少しずつ育つと、
世界との関係は、
敵か味方かではなく、
もっと柔らかく、
温度のあるものとして感じられる瞬間があります。
カウンセリングの中でも、
言葉になる前の小さな変化、
ふとした表情、
ため息、
身体の緩み。
そんな微細なサインを丁寧に見つめながら、
安心やつながりの感覚を少しずつ育てていくことがあります。
私は、そのような小さな変化の積み重ねを大切にしています。
もし、
人といると疲れてしまう、
距離感が難しい、
なぜか緊張してしまう——
そんな感覚があるなら、
その反応にも、
これまでの経験や意味があるのかもしれません。
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