「中立でいてはいけない?」 AEDP®️で出会った衝撃の言葉

前に書いた記事では、

「理由はわからないけれど、自信のようなものが湧いてきた」

という、体験会の参加者の方の体験について書きました。
その記事を書きながら、思い出していたことがあります。

私は長年、発達相談や子育て支援の仕事に携わってきました。
行政や公共機関での相談は、多くが一回限りのご縁です。

限られた時間の中で、
保護者の不安や戸惑いに寄り添いながら、
子どもの持っている力や可能性にも目を向けていく。

そんな仕事を続けています。

もし私が、
ほとんど無表情だったり、何の感情もない眼差しで相談を受けていたら、
相談者の方の心には、何も響かなかっただろうと思います。

もちろん、励ますことが目的ではありません。
ましてや、根拠のない楽観を伝えることでもありません。

それでも、

「この子にはこんな力がありますね」

「こんな姿が見られるのですね」

そんなふうに、
子どもの生命力や可能性に心を動かされて、
私の本当の気持ちを込めて伝えることは、
発達相談ではごく自然なことでした。

AEDP®️で出会った、もうひとつの大切な要素・糸(strand)

私はずっと、AEDP®️の核心は、

「クライエントを一人のまま体験させないこと(undoing aloneness)」

だと思っていました。もちろん今もそう思っています。

つらさや痛みを一緒に抱え、見つめ、感じていくこと。
それは間違いなく、AEDP®️の大切な要素です。

でも、AEDP 2.0(注)を読んでいる時に、
実はもうひとつの大切なstrand(糸)があることを知りました。

それが、

intersubjective delight(間主観的な喜び)

です。

苦しみだけではない。

その人が感じたこと。

その人らしさ。

その人の生命力。

それらに心を動かされること。

そして、その喜びを共有すること。

前回の記事で書いた体験も、まさにそのような時間でした。
私は参加者の方の心の動きにワクワクしていました。

何に惹かれたのだろう。

どんなふうに感じたのだろう。

もっと知りたい。

そんな気持ちが自然に湧いていました。

こうしたセラピストの姿勢が、
「クライエントを一人にしないこと」と同じくらい大切なのだと知った時、私はとても心惹かれました。

同時に、

「なぜ今までこの大切さを十分に受け取れていなかったのだろう」

という小さな焦りも感じていました。

「中立性は禁忌である」という衝撃

ところが、
さらに読み進めていくと、もっと衝撃的な言葉に出会ったのです。

Neutrality is actually contraindicated.

  (中立性は、実は禁忌である)

初めてこの言葉に出会った時、私は思わず、

「え?」

となりました。

AEDP®️では、

クライエントとの関係の中で、刻々と変化する心理生理学的な状態にセラピストが合わせていき、

感情的な真のつながり(genuine emotional engagement)を育てていくことを大切にします。

そして、
そのような関係は、

感情的に中立な表情や眼差しでは生まれない、

と考えます。

だからこその、

Neutrality is actually contraindicated.

だったのです。

私は本当に驚きました。

「え? 中立でいてはいけないの?」

私が受けてきた臨床心理学の教育では、

セラピストは自分の感情を前面に出さないこと。

中立性を保つこと。

そうした姿勢が大切だと学んできました。
ですから、この言葉はそれをはっきりと否定しているように聞こえて、衝撃だったのです。

そしてまた、その衝撃と同じくらい大きな安堵もありました。

ああ、それでよかったんだ。

私が長年大切にしてきたこと。

自然に行ってきたこと。

それは間違いではなかった。

むしろ、子どもでも大人でも、
人が回復し、変化していくために大切なものだったのだと、
最大限のお墨付きをもらえたような感覚でした。

私が大切にしたいこと

実際、私は大人の方とのカウンセリングでも、
このAEDP®️のスタンスを大切にしています。

大学院生が私のカウンセリングに初めて陪席した時のことです。

後で別の大学院生に、

「すごく emotional だった」

と話していたそうです。
その話を聞いた時は少し可笑しくもありました。

同時に、
大学院生にとっては衝撃だっただろうな、とも思いました。

おそらく講義では、
セラピストは中立的であること、感情を表に出しすぎないこと、
そうした姿勢について学んできたはずだからです。

もちろん、感情的になることが目的ではありません。
セラピスト自身の感情を前面に出すこととも違います。

私が大切にしたいのは、

クライエントの方に、

「苦しみを一人で抱えなくていい」

ということが、
言葉だけではなく身体レベルで伝わることです。

そしてもうひとつ。

苦しみや不安だけではなく、

その方の中にふと現れた生命力や健やかさ、

キラッと光るその人らしさを、

喜びをもって受け取ることです。
そして、その喜びが関係の中で共有されることで、

クライエント自身も、

「自分の中にこんな力があったのか」

「こんな自分がいたのか」

と出会っていくことです。

私はそれが、セラピストがクライエントの体験に感情的に応答しながら共にいることで、可能になるのだと感じています。

だからこそ、

「Neutrality is actually contraindicated.(中立性は、実は禁忌である)」

という言葉は、私にとって単なる衝撃的な理論ではありませんでした。

長年大切にしてきたこと。
自然に行ってきたこと。
それは間違いではなかった。

そして、

「こうしたセラピストとしてのあり方を、もっと大切にしていい」

「もっと信頼していい」

と、背中を押してもらったような感覚でもありました。
これから先も、
この方向をさらに深めていけばいいのだと教えてもらったような、
そんな体験だったのです。

(つづく)

※掲載している内容は、個人が特定されないよう編集・再構成しています。

※注:「Undoing Aloneness & the Transformation of Suffering Into Flourishing: AEDP 2.0」Edited by Diana Fosha, PhD

町田美佳(臨床心理士・公認心理師)

臨床心理士・公認心理師。AEDP®Level 3セラピスト。25以上、医療・教育・行政領域で心理支援に従事。CBT、AEDP®を学び、市ヶ谷・麹町・四ツ谷エリアで対面およびオンラインの心理カウンセリングを提供。対人支援職向け体験会「静かな共鳴を味わう時間」主宰。

https://mikamachida.com
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