対人援助職の方へ|自分自身のために感受性を使う時間
人の話を聴くことには慣れている。
でも、自分の話を誰かに聴いてもらうことには、慣れていない。
心理職、相談員、教員、医療従事者、保健師など、人を支える仕事をしている方の中には、そんな方もいらっしゃるのではないでしょうか。
対人援助の仕事では、日々、自分の感受性を相手のために使います。
この人は今、何を感じているのだろう。
何を必要としているのだろう。
今の表情の変化には、何があったのだろう。
私は、どんなふうに対応したらいいだろう。
相手の言葉だけではなく、
表情や声の調子、
沈黙やその場の空気、
自分の中に生まれる小さな違和感。
そうしたものを感じ取りながら、目の前の人を理解し、関わっていく。
それは、人を支える仕事をするうえで、とても大切な力です。
でも、ときには、その感受性を相手のためではなく、自分自身のために使う時間があってもいいのではないでしょうか。
私の内側では、何が起きているのだろう。
何に心が動いたのだろう。
何かを分析したり、理解したり、役に立てたりするためではなく、
ただ、自分自身の体験として、自分の内側に注意を向けてみる。
人の内側に注意を向けることに慣れている方にとっても、自分自身のために感受性を使う時間は、案外少ないのかもしれません。
一人での内省と、誰かと一緒にする探索
もちろん、自分の内側を見ることは、一人でもできます。
一日の出来事を振り返る。
自分の感情について考える。
身体に注意を向けてみる。
対人援助職として経験を積んでいる方なら、そうした内省を日常的にされている方も多いでしょう。
でも、誰かと一緒に自分の内側を探索することには、一人でするのとは少し違う体験です。
誰かと一緒に、
「私は今、何を感じているんだろう」
と、自分の内側に注意を向けてみる。
自分一人なら通り過ぎてしまうような小さな変化に、二人で気づくことがあります。
ときには、
「今、何か変わりましたか」
「そこをもう少し一緒に見てみてもいいですか」
と、注意を向ける場所を少しガイドしてもらいながら、そのとき自分の中で起きていることを一緒に探索していく。
うまく説明できなくてもいい。
まだ言葉にならなくてもいい。
何があるのかわからないまま、少しそこに留まってみる。
すると、
自分一人で考えていたときには気づかなかった何かが、ふっと現れることがあります。
あらかじめ答えの決まっていないカウンセリング
カウンセリングの中で何が現れるのかは、あらかじめわかりません。
私にもわかりません。
そして、最初から話したいテーマが決まっている必要もありません。
「今日は特に話したいことが思いつかない」
「何となく引っかかっているけれど、何が悩みなのか自分でもよくわからない」
そんなところから始めても大丈夫です。
あるいは、はっきりとした悩みがなくても構いません。
自分の内側に少し注意を向けて、
今、どんな感じがしているのか。
最近、何に心が動いたのか。
話しているうちに、身体や気持ちにどんな変化が起きるのか。
そんな小さな動きに、二人で注意を向けていきます。
すると、自分一人では通り過ぎていたものが、ふっと姿を現すことがあります。
悲しみがあると思っていたところから、思いがけず怒りが出てくることもある。
苦しかった体験を話していたのに、その中に自分を守ってきた力を発見することもある。
何気なく話したことから、自分が大切にしているものに気づくこともある。
だから私は、最初から答えを知っていて、そこへその人を連れていくわけではありません。
そのとき、その人の中で何が起きているのか。
私も一緒にそこに注意を向け、見つけ、感じていきます。
「ああ、ここにこんな気持ちがあったんですね」
「こんなことを大切にしていたんですね」
「こんな力もあったんですね」
そんなふうに、その人自身もまだ気づいていなかったものに、一緒に出会っていく。
そのような力が現れる瞬間に立ち会えることは、私にとっても大きな喜びです。
カウンセリングは、一方が何かを与え、もう一方がそれを受け取るだけの時間ではないと、私は思っています。
その場で生まれてくるものに二人で注意を向け、ときには一緒に驚き、心を動かされながら、その人の体験を一緒に探索していく。
私は、そんな時間を大切にしています。
「支えられる側」になるための勇気
一方で、人を支える仕事をしている方にとって、自分自身のためにカウンセリングを受けることは、案外大きな決断なのかもしれません。
「人を支える側なのに、自分が支えてもらっていいのだろうか」
「自分のことくらい、自分で分かっているべきではないか」
「こんなことで揺れるなんて、援助職として力が足りないのではないか」
そんな声が、自分の中から聞こえてくることもあるでしょう。
人を支えることが仕事であり、
ときには自分の専門性やアイデンティティの一部にもなっているからこそ、
自分自身のために誰かを頼るように感じられて、
抵抗感を持たれる方もいらっしゃるのではないかと思います。
そして、自分の内側を探索していけば、自分でもあまり触れずにきた弱さや痛み、心細さに出会うこともあるかもしれません。
いつもは人の話を聴いている自分が、自分のことを話す。
人の感情に寄り添っている自分が、自分の感情に誰かと一緒に触れていく。
そこへ向かうことには、勇気がいることだと思います。
だから私は、誰かと一緒に自分を見ていくことを、弱さの表れだとは思いません。
自分の中に何があるのかわからないままでも、そこを誰かと一緒に見てみようとすること。
自分の弱さに触れるかもしれない場所へ、自分から一歩踏み出すこと。
そこには、大きな勇気が必要なこともあるのではないかと思っています。
自分の中にあるものとの新しい出会い
そして、そこで出会うのは、弱さや苦しさだけではありません。
自分が大切にしていること。
本当は望んでいたこと。
これまで自分を支えてきたもの。
自分でもまだ十分には知らなかった力。
誰かと一緒に自分の体験に注意を向けることで、そんなものが見つかることがあります。
それは、誰かから何かを与えてもらうというより、
誰かと一緒に探索する中で、自分の中にもともとあったものと出会い直していく体験
なのだと思います。
一緒に見つける。
一緒に感じる。
一緒に驚く。
ときには、その人の中に現れたものを一緒に喜ぶ。
そんな人と人との間で起こる体験そのものが、自分一人では気づかなかったものに、より深く触れることを可能にしてくれることがあります。
自分自身に向けた感受性が育むもの
そして、対人援助職の方にとって、この体験にはもう一つ大切な意味があります。
普段は他者のために使っている感受性を、自分自身にも向けてみる。
自分の中のほんの小さな変化に気づく。
まだ言葉にならない感覚に留まってみる。
そこに誰かと一緒にいてもらう。
そうした体験を重ねる中で、自分自身の体験を感じ取る感受性そのものが、より細やかに、豊かになっていくことがあります。
そして、その感受性は、自分の中だけに留まるものではありません。
自分自身が、言葉にならないものを急がずに一緒に見てもらったことがある。
自分のペースを尊重してもらったことがある。
自分の中から何かが生まれてくるのを信じてもらったことがある。
自分自身がそんな体験を知っているからこそ、
目の前の人の中でまだ言葉になっていないものにも、
以前とは少し違うあり方で寄り添えるようになることがあります。
人の心に関わる仕事では、自分の内側で起きていること自体が、目の前の人を理解する手がかりになることもあります。
だからこそ、
普段は相手のために使っている感受性を、今度は自分自身のために使ってみる。
その体験によって自分自身とのつながりが豊かになり、結果として、誰かと出会うときの感受性もまた豊かになっていく。
私は、そんな循環があるように思っています。
対人援助職のための自分自身に戻る時間
人を支える仕事をしているからといって、いつも「支援者」でいる必要はありません。
ときにはその役割から少し離れて、
自分自身のために感受性を使う。
誰かと一緒に、自分の中で起きていることを探索する。
何が出てくるのかわからない時間を、一緒に過ごしてみる。
そこには、単に疲れを癒したり、また仕事ができるように自分を整えたりすることを超えた意味があると、私は思っています。
人の話を聴くことには慣れている。
でも、自分の話を誰かに聴いてもらうことには、あまり慣れていない。
もし、そんな自分に少し思い当たるところがあったなら、
普段は人のために使っている感受性を、今度は自分自身にも向けてみる。
そして、自分の中にあるものを、誰かと一緒に探索してみる。
そんな時間を持ってみませんか。
カウンセリングを受けるために、はっきりとした悩みや、話したいテーマを用意しておく必要はありません。
「自分自身のために、自分の内側に少し注意を向けてみたい」
そんな思いから始めていただいても大丈夫です。
当オフィスでは、心理職・相談員・教員・医療従事者・保健師など、人を支える立場にある方のためのカウンセリング(教育分析)を行っています。
あなた自身のための時間として。
何が現れるのか、私も一緒にそこに注意を向け、感じ、見つけていきたいと思っています。
この記事を書いた人
町田美佳|臨床心理士・公認心理師|マチダ心理臨床オフィス(四ツ谷・麹町・市ヶ谷)
愛着や人間関係、生きづらさ、支援職の悩みなどについて、感情や身体感覚を大切にした心理カウンセリングを対面とオンラインで行っています。
👉 町田美佳のプロフィール・臨床経験