True Other(真の他者)が教えてくれたこと|人は、ぴたりとはまった体験を覚えている


True Otherは「その人」ではなく、「その人をどう体験したか」

前回の記事では、AEDP®️の「True Other(真の他者)」について、
ダイアナ・フォーシャのインタビューを通して理解が深まったことを書きました。

そのインタビューの中で、ダイアナはTrue Other の例として、ご自身の祖父との思い出を語っています。

幼い頃、お祖父さんはダイアナに同じ絵本を17回も読んでくれたそうです。
普通なら、「また?」と思ってしまいそうな回数です。
でも、お祖父さんは嫌な顔ひとつせず、そのたびに絵本を読んでくれた。

ダイアナは、祖父が完璧な人だったと言っているのではありません。
大人になって振り返れば、祖父にもいろいろな面があった。

それでも、

あの時、その瞬間の私にとって、必要なあり方でそこにいてくれた人だった。

と、語っていました。
だから、その体験は何十年経っても残り続けているのかもしれません。

私はこの話を聞きながら、

そうか、True Otherとは相手を表す概念ではなく、自分がその人をどう体験したかを表す概念なんだ。

と、腑に落ちました。

そして、その瞬間には、
その体験の本当の価値はまだ分かっていないのかもしれない、とも思いました。

後になって振り返った時に、

「あの出来事が、自分を支える大切な体験だった。」

そんなふうに気づくものなのかもしれません。

例えば、
黒柳徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』の中で、校長先生はトットちゃんに会うたびに、

「君は、本当はいい子なんだよ。」

と伝え続ける場面があります。

その場で劇的な変化が起きたわけではありません。
たしか、トットちゃんはその言葉を、「そうです、私はいい子です!」みたいに、
どこか素直に受け取っていたように記憶しています。

でも、大人になった黒柳徹子さんが、その言葉を何十年も経ってから語っていることを思うと、その体験は、心のどこかに静かに根を張り続けていたのだろうと思います。

ダイアナの祖父のエピソードと、どこか重なるような気がしました。

「本当に、悪い子ね。」という言葉の奥にあったもの

もうひとつ、私の中でこれらと重なるエピソードがあります。
元同僚から聞いた、とても印象的なお話です。

ある事例検討会で、若い精神科医が経験豊かな精神科医の先生に、

「重いケースを担当していて苦しい時、先生はどうやってそれに耐えてこられたのですか。」

と質問したそうです。

質問された先生は、

「直接の答えにはならないかもしれないけれど。」

と前置きをして、幼稚園の頃の思い出を話されたそうなのです。

小さい頃のその先生は、いたずらばかりする悪ガキで、いつも悪さをしては叱られていた。だから、叱られること自体、もう慣れっこになっていた。

ある日、またいつものように、悪いことをして先生に叱られた時、

「本当に、悪い子ね。」

と、言われた。

そして、その時のことを、

「叱られているのに、不思議と自分という存在を、丸ごと受け止めてもらえたような感じがした。」

という意味のお話をされて、

「何かあると、その先生を思い出す。背中を押してくれているような気がする」

と、語られたそうです。

私はこの話を聞いた時、自然と、

「ああ、これもTrue Other の体験なんだろうな。」

と、思いました。

残っているのは、「本当に、悪い子ね。」という言葉だけではありません。

その先生という人、そのものでもありません。

その瞬間、その先生がその子に向けていたまなざし。

その先生の声や口調、在り方。

それは、悪いことをした自分を叱りながらも、
悪ガキだった自分の存在そのものは、丸ごと受け止めてもらえたように感じられた体験。

その体験は、何十年経った今でも、その先生の心の中に静かに生き続けているのだろうと感じました。

ダイアナが祖父について語った、

「あの時、その瞬間、私が必要としていたあり方で、そこにいてくれた。」

という言葉と、私の中でどこか重なるように思えたのです。

人は、ぴたりとはまった体験を覚えている

ダイアナは祖父との体験について、

"It clicked in some incredible way with something in me."

と語っていました。

「私の中の何かに、信じられないくらいぴたりとはまった。」

そんな意味でしょうか。

私は、この表現がとても好きです。

人は、出来事そのものを覚えているのではなく、
その出来事の中で、自分がどう体験したのかを心の奥深くに抱えて生きているのかもしれません。

だからこそ、傍から見れば小さな出来事が、その人の人生を静かに支え続けることがある。

何がその人の中の何に「ぴたりとはまる」のか。
それは、誰にとっても、あらかじめ分かることではありません。

でも、その小さな出来事が、その人の心の中で静かに育ち、
何年も、何十年も経ってから、

「あの体験は、自分を支えてくれていた。」

そんなふうに意味を持つことがある。

そう考えると、
人と人との間に生まれる、その一瞬の在り方の不思議さに、
私は、今も深く心を動かされます。

そして、そんな一瞬が、
カウンセリングという出会いの中でも、ごく自然に生まれることがあります。

その人が必要としていたあり方で、誰かがそこにいる。
その体験が、すぐには言葉にならなくても、心の奥で静かに残っていく。

そんな瞬間を大切にできるカウンセリングを、私はしていきたいと思っています。


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参 考
Diana Fosha, Legacy Interview, MINDinMIND

  ・黒柳徹子『窓ぎわのトットちゃん』(講談社)

※本記事で触れているAEDP®に関する内容は、私自身の学びと体験に基づく個人としての発信です。特定の団体や組織の立場を代弁するものではありません。

この記事を書いた人
町田美佳|臨床心理士・公認心理師|マチダ心理臨床オフィス(四ツ谷・麹町・市ヶ谷)

愛着や人間関係、生きづらさ、支援職の悩みなどについて、感情や身体感覚を大切にした心理カウンセリングを対面とオンラインで行っています。

町田美佳(臨床心理士・公認心理師)

臨床心理士・公認心理師。AEDP®Level 3セラピスト。25以上、医療・教育・行政領域で心理支援に従事。CBT、AEDP®を学び、市ヶ谷・麹町・四ツ谷エリアで対面およびオンラインの心理カウンセリングを提供。対人支援職向け体験会「静かな共鳴を味わう時間」主宰。

https://mikamachida.com
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