仕事で評価されているのに、自信が持てないあなたへ|褒められても喜べない理由
仕事では、それなりに評価されている。
大切な仕事を任されたり、周囲から頼りにされたりすることもある。
それなのに、自分ではなかなか自信が持てない。
誰かから褒められても、
「そんなに大したことはしていない」
「もっとできる人はいる」
「自分には、そこまでの価値はない」
そんな言葉が、すぐに浮かんでくる。
あるいは、評価されたことを嬉しいと思うより先に、
「これだけできると思われたら、もっと頑張らなくてはいけなくなるかもしれない」
と不安になることもあるかもしれません。
自分なりのペースでやっていきたいのに、認められるほど、なぜか力を抜けなくなる。
周囲から見れば、仕事もできているし、十分に評価されている。
それなのに、自分の内側には、それに見合うような自信や喜びが感じられない。
もしそんなことがあるとしたら、
それは単に「自信がない」というだけではないのかもしれません。
評価されても安心できない感覚
人から認めてもらうことは、本来なら嬉しいことのように思えます。
けれど、評価されることで、かえって緊張することがあったりします。
「次はもっと求められるかもしれない」
「これからも同じようにできなくてはいけない」
「期待に応え続けなければいけない」
そんな思いが出てくるのであれば、評価されることは、単純な「ご褒美」ではありません。
認められることが、次に何かを要求されることと結びついている。
そうだとしたら、評価されてもほっとできず、むしろ身構えてしまうのは、不思議なことではないように思います。
また、評価されたことを喜ぶこと自体に、居心地の悪さを感じることもあるかもしれません。
「こんなことで喜んでいたら、いい気になっていると思われるのではないか」
「自分のことをすごいと思うなんて、謙虚ではない」
「自慢しているようで嫌だ」
せっかく自分に向けられた肯定的なものを、そのまま受け取ることが難しいのです。
評価を打ち消してしまう心の動き
評価されたとき、本当に「嬉しくない」のでしょうか。
そのとき、自分の中では何が起きているのでしょう。
誰かから認められたときに、
「でも、まだまだ」
「大したことではない」
「もっと頑張らないと」
という考えが、ほとんど間を置かずに立ち上がることがあります。
それがあまりにも自然に、そして速く起きるため、その奥にあるかもしれない気持ちに気づかないまま、通り過ぎてしまう。
もしかすると、「喜べない」のではなく、何かを感じる前に、それを打ち消したり遠ざけたりする反応が身についているのかもしれません。
そして、そうした反応にも、その人なりの理由があるのだと思います。
認められることを、安心して喜べなかった経験
これまでに、こんな経験をしたことはなかったでしょうか。
何かができて嬉しそうにしていたら、
「いい気になってはいけない」
と言われた。
頑張ったことを認めてもらえると思ったら、
「もっとできるでしょう」
と、さらに努力することを求められた。
自分のできたことを誇らしく思うよりも、
「自慢してはいけない」
「謙虚でいなさい」
「これくらいで満足してはいけない」
と教えられてきた。
そんな経験が繰り返されると、
「今の自分では、まだ十分ではない」
と感じるようになることがあります。
その一方で、
もっと頑張れば、今度こそ認めてもらえるかもしれない。
そんな思いも生まれるのではないでしょうか。
もっと頑張ったら。
もっとできるようになったら。
もっと期待に応えられたら。
いつか「よくやったね」と言ってもらえるかもしれない。
そうやって、努力することと、誰かに認めてもらうことが強く結びついていく。
すると、大人になって実際に仕事で評価されるようになっても、そこで安心して立ち止まることが難しくなります。
「認めてもらえた」
と受け取るよりも先に、
「もっと頑張らなくては」
が始まってしまうからです。
評価されたら、さらに期待されるのが怖い。
でも同時に、もっと頑張らなければ、本当には認めてもらえないような気もする。
その二つの間で、今の自分に満足することも、少し力を抜くことも難しくなってしまいます。
こうしたことには、家庭の中で経験してきたことだけではなく、私たちを取り巻く価値観も、少し関係しているのかもしれません。
褒められても謙虚でいること。
今できていることに満足せず、さらに努力すること。
もちろん、謙虚さも努力することも、大切なものです。
けれど、それがあまりに強くなると、自分がすでにできていることや、自分に向けられた肯定を受け取ることまで難しくなることがあります。
外側ではうまくやれているのに、内側ではどこか萎れて縮こまっている。
そんなこともあるように思います。
よいものを受け取るための安心
安心しているとき、私たちは少し力を抜くことができます。
「次は何を求められるのだろう」と身構えず、そのとき起きていることを、そのまま感じることができます。
カウンセリングをしていると私はときどき、嬉しいことや、自分に向けられたよいものを受け取るためにも、こうした安心が必要なのではないかと感じます。
人から認めてもらうこと。
褒めてもらうこと。
感謝されること。
自分がしてきたことを「よくやった」と感じること。
「嬉しい」と感じることは、意外と無防備な体験でもあります。
だからこそ、安心できないまま褒められると、嬉しさに触れる前に、急いでそれを小さくしたり、打ち消したりすることがあるのかもしれません。
そうした体験をしたときに、「もっと頑張らなくては」「次も期待に応えなくては」とすぐに身構えなくてもいい。
そのまま少し受け取ってみても大丈夫。
そんな安心があることで、自分に向けられたよいものを、急いで打ち消さずに感じられるようになることもある。
そう思うのです。
一人では見えなかった気持ちへの気づき
カウンセリングでは、
「もっと自信を持ちましょう」
「せっかく評価されているのだから、素直に喜びましょう」
とお伝えするわけではありません。
誰かから評価された出来事について話していても、
「でも、大したことじゃない」
「もっと頑張らないと」
「自分なんて、まだまだです」
という言葉が、すぐに出てくることがあります。
カウンセリングでは、それをもっと前向きな考えに変えようとするのではなく、
「今、何が起きているのだろう」
と、その心の動きに一緒に注意を向けていきます。
そうして少しゆっくり見ていくと、その下から、それまで自分でも気づかなかった気持ちが現れてくることがあったりします。
「認めてもらえて、本当は嬉しかった」
ということもあれば、
「考えてみたら、私、よくやったな」
という感覚が出てくることもあります。
あるいは、喜びだけではなく、思いがけず悲しさが出てくることもあります。
何が現れるのかは、あらかじめわかりません。
大切なのは、「もっと頑張らなくては」「大したことではない」とすぐに通り過ぎていたところで少し立ち止まり、その奥にある自分の気持ちに、一緒に注意を向けてみることなのだと思います。
嫌なことも、嬉しいことも、ひとりにしない
以前、私は「批判や不満が言える関係性」について書きました。
不満や違和感を言えることは、必ずしも関係が悪くなったサインではなく、
「ここでは言っても大丈夫」
という安心があるからこそ起こることがあります。
安心が必要なのは、つらい気持ちやネガティブな気持ちを表現するときだけではないのだと思います。
安心できるから、嫌なことを嫌だと言える。
そして、
安心できるから、嬉しいことを嬉しいと感じることもできる。
誰かから向けられた肯定を受け取ること。
自分がしてきたことを「よくやった」と感じること。
あるいは、その奥から思いがけず現れた気持ちに触れること。
誰かと一緒に、自分の中で起きていることに少し立ち止まってみる。
そうする中で、これまで「もっと頑張らなくては」の陰に隠れていた、自分自身のさまざまな気持ちに出会うことがあります。
それも、カウンセリングの中で起きていく変化の一つなのだと思います。
苦しさだけでなく、喜びもひとりにしない。
私はそこに一緒にいたいと思っています。
🌿 関連するコラム
👉 仕事では頑張れるのに、休み方がわからないあなたへ|仕事モードが切れない理由
仕事が終わっても緊張が抜けない、休んでいても「何かしなくては」と感じる方へ。
👉 批判や不満が言える関係性とは|「安心すると本音が出る」ということ
安心できる関係の中で、不満や違和感を表現することについて書いています。
🌿 カウンセリングについて
仕事や人間関係の中で繰り返していることや、自分でも気づいていなかった気持ちについて、カウンセリングで一緒に見ていくことができます。
🌿 この記事を書いた人
町田美佳|臨床心理士・公認心理師|マチダ心理臨床オフィス(四ツ谷・麹町・市ヶ谷)
愛着や人間関係、生きづらさ、支援職の悩みなどについて、感情や身体感覚を大切にした心理カウンセリングを対面とオンラインで行っています。
👉 町田美佳のプロフィール・臨床経験